ヨーロッパ最高峰と謳われたホテルで何が起こったのか
ひさびさに観たくなって何度目かの鑑賞。
物語も登場人物も画面もクセになる作品です。
ネタバレ無しです。
『グランド・ブダペスト・ホテル』概要
公開年:(ドイツ)2014年2月6日*1、(アメリカ)2014年3月7日、(日本)2014年6月6日
上映時間:100分
監督:ウェス・アンダーソン
あらすじ
美しい山々を背に優雅に佇む、ヨーロッパ最高峰と謳われたグランド・ブダペスト・ホテル。その宿泊客のお目当ては“伝説のコンシェルジュ”グスタブ・Hだ。彼の究極のおもてなしは高齢マダムの夜のお相手までこなす徹底したプロの仕事ぶり。ある日、彼の長年のお得意様、マダムDが殺される事件が発生し、遺言で高価な絵画がグスタブに贈られたことから容疑者として追われることに。愛弟子のベルボーイ・ゼロの協力のもとコンシェルジュの秘密結社のネットワークを駆使してヨーロッパ大陸を逃避行しながら真犯人を探すグスタヴ。殺人事件の真相は解明できるのか!?(サーチライト・ピクチャーズ作品)
(引用)グランド・ブダペスト・ホテル | 20th Century Studios JPより一部抜粋
感想
今作を初めて劇場で観たあと、俳優陣の豪華さに驚いたのを今でも覚えています。
物語はヨーロッパ大陸の東端にあるという架空の国「ズブロフカ共和国」にある「グランド・ブダペスト・ホテル」を舞台に展開します。
1932年、1968年、1985年の3つの時代を描き、その時代の変様に伴って画面サイズが変化する仕掛けは視覚的にも引き込まれ、物語進行に大きな影響を与えていると思います。
それぞれ画面サイズは「1.33:1(スタンダード)」「1.85:1(ビスタ)」「2.35:1(シネスコ)」になっており、今作においては画面サイズについて言及することも多いと思うので、ご存知の方も多いはず。
1932年のグランド・ブダペスト・ホテルでは、伝説のコンシェルジュであるグスタブ・ H(レイフ・ファインズ)目当てに多くの宿泊客が訪れ、賑わいをみせていました。
グスタブのコンシェルジュとしてのプロ意識は高く、ロビーボーイとして働き始めた少年ゼロ・ムスタファ(トニー・レヴォロリ)にもその手腕を伝授し、2人は師弟関係そして家族のような関係になっていきました。
グスタブとゼロが出会ってから36年後の1968年には、ミスター・ムスタファ(F・マーリー・エイブラハム)がグスタブと自身の話をグランド・ブダペスト・ホテルに宿泊していた若き日の作家(ジュード・ロウ)に語ります。
その作家が1968年にグランド・ブダペスト・ホテルでムスタファから聞いた話として1985年に伝えるところから物語が始まります。
文章で書くと少しこんがらがりそうですが、前述の通り画面サイズの変化等により観ていて混乱することは少ないのではないでしょうか。
物語の起点となるのが、ホテルの上客だったマダム・D(ティルダ・スウィントン)殺害事件の犯人を探すというミステリーとしては王道の話ですが、まるでロードムービーかのように進む展開と謎の組織の登場、メンドルという菓子店で働くアガサ(シアーシャ・ローナン)の存在も含めて今作独特の世界観が広がり、まるでファンタジー世界を見ているかのような気分になります。
また物語に影を落とす戦争の存在の描かれ方も、忘れることはできません。
グランド・ブダペスト・ホテルの外では、社会が刻一刻と戦争に向かって進んでいきますが、ホテル内はその社会とは切り離されたような印象を受けました。
しかし、物語後半にかけてグスタブとゼロの身に急激に迫る戦争の存在は、グスタブとゼロの思い出に翳りを見せ、観ている人間もゼロ自身もやるせない感情を共有することになります。
話のテンポも画面のテンポも良く、全体的にコメディ要素強めの作品ですが、ゼロが36年後になぜ、若き日の作家にグスタブとの思い出を語ったのかを考えると、シリアスな部分がより際立つと思います。
また、木暮がコメディ要素に付け加えたいのが、ゼロはグスタブからロビーボーイとしての心得を習いますが、観終わってから考えてみるとゼロによってその心得が破られているように思えることがあり、その矛盾に木暮はツッコミを入れたくなりました。
しかし、その矛盾はゼロやグスタブの人間くささを表しているようで、この作品の好きな部分でもあります。
今作の画面表現については、被写体を写すカメラの動きがほとんど上下左右で移動する点と、登場人物たちの目線の動きなどが合致していて、色彩鮮やかな上に画面の流れが独特で興味深いです。
それに加え画面のテンポに合致していると思うのが、登場人物に何か起こったときに、ワンテンポ止まってから一斉に動き出したり、グスタブの詩を最後まで聞かずに周りが動き出す演出などは、コメディ要素を明確にしていて笑ってしまうシーンでもあります。
後半にはスキーチェイスが行われますが、そちらでも独特のカメラワークによって迫力が伝わり、このスキーチェイスシーンと予告映像にもあるパンチ3連発を見たくて何度も観ている節はあります。
色彩表現では、グランド・ブダペスト・ホテルの色彩鮮やかな描かれ方とは対照的に、色味がくすんで見える場所・場面があり、色彩面でもその場所とグランド・ブダペスト・ホテルが対照的に見える部分も、個人的には好きな対比です。
セットデザインに関する記事
この作品には日本人の野村訓市さんも出演しており、野村さんがニューヨークでウェス・アンダーソン監督と今作のセットへのこだわりについて対談した様子が、Casa BRUTUSの公式サイトで読むことができます。
その中でウェス・アンダーソン監督が自身の色彩へのこだわりの強さについて語っています。
「時代に合わせてテーマを作ったんだよ。30年代はケーキやアイスクリーム、砂糖菓子といったパステルカラーが頭にあった。そして60年代はプラスチック感のあるオレンジやグリーンのイメージが浮かんだんだ。僕にとって色彩はとても重要なものなんだ、ほかの監督が思うよりきっとね(笑)。それがなぜなのか特に理由はないんだけどね。色についてただアイデアがよく浮かぶんだよ。例えば『ファンタスティック Mr.FOX』では撮影フィルムの中にほとんど青を使わなかった。何か面白い画が撮れたらいいな、というアイデアだけで始めたんだけれど、出来上がりにはすごく満足したよ」
(引用)セットデザインからひもとく映画『グランド・ブダペスト・ホテル』。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS
木暮は監督の色彩に関するこだわりの理由が明確ではないというのが少々、驚きでした。
もちろん語らないだけで何か理由はあるのかもしれませんが、「面白い画が撮れたらいいな」という、まるで実験かのような考えのもとに画面がつくられていると思うと、より今後の作品も気になります。
ちなみに、ウェス・アンダーソン監督の最新作『Asteroid City』は2023年6月16日に全米公開で、6月23日から拡大公開になるそうです。*2
そして、『The Wonderful Story of Henry Sugar』はNetflixで2023年に配信が予定されているそうなので、今年はウェス・アンダーソン監督の最新作を2作品も観ることができる贅沢な年になりそうです。
劇中に登場するメンドルのケーキ
メンドルケーキの作り方が、シネマカフェのYouTube動画にありました。
物語の中でも大きな役割を担うこのケーキ。食べてみたい…