やおら日記

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【邦画】『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』感想

 

先日、『2023年下半期映画ベスト』として書きました『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の感想記事です。

 

ネタバレを気にしたあまり、ひとつの主題に絞っての感想記事になりました。それでもところどころネタバレ気味なので、気になる方はご注意ください。

 

 

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』概要


www.youtube.com

公開年:2023年11月17日

上映時間:104分

監督:古賀豪

 

あらすじ

廃墟となっているかつての哭倉村に足を踏み入れた鬼太郎と目玉おやじ

目玉おやじは、70年前にこの村で起こった出来事を想い出していた。

あの男との出会い、そして二人が立ち向かった運命について...

昭和31年─日本の政財界を裏で牛耳る龍賀一族によって支配されていた哭倉村。

血液銀行に勤める水木は当主・時貞の死の弔いを建前に野心と密命を背負い、

また鬼太郎の父は妻を探すために、それぞれ村へと足を踏み入れた。

龍賀一族では、時貞の跡継ぎについて醜い争いが始まっていた。

そんな中、村の神社にて一族の一人が修殺される。

それは恐ろしい怪奇の連鎖の始まりだった。

(引用)映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』公式サイト

 

感想

物語は鬼太郎誕生までの流れが描かれ、妻を探す鬼太郎の父と血液銀行の銀行員である水木が舞台となる哭倉(なぐら)村で出会い、村を支配していた龍賀一族の秘密に迫るというお話。

 

主人公が外界とは離された村に入りその村を支配する一族の謎に迫るという構造は、市川崑監督による映画『犬神家の一族』に通じるものを感じました。

 

この点についてはSNS等でもよく見かけ、考察を読むのが面白かったです。

 

しかし、やはりそこに妖怪の要素が加わることで、この作品ならではの描写が濃く、重たいものに感じました。

 

血液銀行で龍賀製薬担当だった水木が哭倉村に足を踏み入れたのは、昭和31年のこと。

 

日本の政財界を牛耳っていた龍賀一族の当主である時貞が亡くなったことがきっかけで、龍賀一族が繁栄した秘密に迫るため哭倉村に入りました。

 

先の戦争で戦地で戦っていた水木は戦時中に目の前で見た歪な上下構造に怒りを覚え、血液銀行でその構造の上部に立とうと意気込んでおり、哭倉村訪問もこの構造の上部に昇りつめるための一環でした。

 

組織の下部にいる者が搾取され続け、上部にいる者はその搾取で得た利益を享受しているという不条理に悲しみを抱える水木には共感する人が多いかもしれません。木暮も水木の過去を知ったことで今作のテーマの一つと捉え、ますます物語に没入していきました。

 

さらに、この構造の問題はこの作品全体にも広がっていると感じました。

 

特に哭倉村で生きる龍賀時貞の孫娘である龍賀沙代は、その象徴的存在でしょう。

 

一族が抱える歪んだ構造に翻弄されていた彼女は、外界から閉ざされ逃げ場のない哭倉村から抜け出したいと思い続けていました。

 

水木は歪な搾取構造に対して嫌気がさす一方で、自分自身がその搾取構造を支配する側に立ちたいと考え、沙代はその搾取構造から離れることを考えていた時点で両者の目線は少し異なるのかもしれないと思いました。

 

その点、水木に近い考えを持っていたのは、沙代の母である乙米(おとめ)ではないかと思います。

 

彼女は娘の沙代が龍賀一族のしきたりに苦しんでいることをわかっていたはずなのに、沙代よりも一族の繁栄に注力していました。

 

今作では乙米の過去については触れられなかったのであくまでも想像の範囲内の話にはなりますが、乙米自身もかつては沙代のように苦しんだはず。しかし今度は自分と同じ苦しみを断ち切るのではなく自分を搾取した側の存在に身を置くことを選んでおり、そこへの躊躇のなさから見るに、この構造の終わりのなさを目の当たりにしたようで虚しさも感じました。

 

かつて上官を信じて裏切られた戦時中の体験から自分を鼓舞してきた水木は、沙代の願いを無視することは出来ないはずで、それでも水木が彼女が置かれていた状況を知り躊躇したのは、沙代が置かれていた状況が想像を絶するものであったことや、自分の立ち位置が揺らいだからなのではないかと考えました。

 

出世に邁進する水木の願いが叶ったとしても、その構造内での位置が変わるだけで、かつての水木のように搾取される側にいる人間は形を変え存在し続けると思います。

 

搾取し利益を受け取る人がいる以上、その構造自体はなくならず、さらには並大抵のことではびくともしないのでしょう。

 

それらも踏まえて振り返ると、幽霊族の末裔である父と母の意思を引き継ぎ、人間との共存を目指す鬼太郎という存在が、どれほどの救いなのかと思いを巡らせました。

 

今作を通じて、構造の歪みや搾取がどれほど根深く、それらが実社会と地続きであるということを強く感じることになりました。

 

また、今回の感想記事ではほとんど触れることができませんでしたが、水木と鬼太郎の父との共闘は凄まじいものでした。アクション面はもちろん、異なる存在である両者が協力するという点、搾取への怒りと悲しみの発露などは今作の見どころの大きな部分だと思います。

 

あまりネタバレをしたくなかったので、だいぶ削って構造部分のみに絞った感想記事になりました。

 

 

関連サイト

www.kitaro-tanjo.com