主人公の考えに納得した人は、案外多いんじゃないかと思う
10月に購入した本の中から、今回は『コンビニ人間』の感想記事です。
ネタバレには十分、注意しながら書きましたが、本文引用もしているのでネタバレが気になる方はご注意ください。
『コンビニ人間』概要
作者:村田沙耶香
出版年月日:2016年7月27日 初版発行
出版社:株式会社文藝春秋
著者概要*1
村田沙耶香(1979-)
日本の小説家。エッセイスト。2016年に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。
大学時代に小説に向き合うため、コンビニエンスストアでアルバイトを開始し、2016年の芥川賞受賞後もしばらくアルバイトは継続していた。
あらすじ
36歳未婚女性、古倉恵子。
大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。
これまで彼氏なし。
オープン当初からスマイルマート日色駅前店で働き続け、
変わりゆくメンバーを見送りながら、店長は8人目だ。
日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、
清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、
毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。
仕事も家庭もある同窓生たちからどんなに不思議がられても、
完璧なマニュアルの存在するコンビニこそが、
私を世界の正常な「部品」にしてくれる――。
ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、
そんなコンビニ的生き方は
「恥ずかしくないのか」とつきつけられるが……。
主な登場人物
古倉恵子:主人公。大学時代からコンビニエンスストアで、18年間アルバイトとして働いている。
白羽:主人公が働くコンビニエンスストアに、アルバイトとしてやってきた。
感想
主人公の古倉は大学1年生のとき、偶然見かけたコンビニでアルバイトとして働いており、そのアルバイトも18年目に突入し、いつもと変わらないコンビニバイトの生活を送っていました。そこに白羽という35歳の新入り男性が、アルバイトとしてやってきました。
古倉は、コンビニの店内を”正常”な状態に整えるようにマニュアルに従い働いていましたが、白羽は指導されたことも殆どせず、コンビニで働くことに対する偏見を露わにしていました。
そのことで同僚からは、敬遠されるようになっていきました。
今回、この物語を読み進める中で木暮は「マニュアル」や「正解」という言葉が頭の中でぐるぐると回っていました。
幼稚園のころから古倉は、自身が合理的だと思う判断は、周囲の人にとってはあり得ないと思うような判断で理解されず、周囲の人間と自分の感覚的な違いを感じ、徐々に必要最低限の会話しかしなくなっていきました。
そんな古倉がコンビニ店員として働き始めたことは、周囲と逸脱していた自分という存在が”世界の正常な「部品」”として生きることでもありました。
一方、新入りとしてコンビニバイトに入ってきた白羽も、自身がコンビニバイトでありながら、コンビニで働くということへの偏見が強く、周囲と馴染めずにいました。
白羽はコンビニバイト出勤初日に指導された作業をせず、バックヤードに戻りマニュアルを読んで、そのマニュアルにも文句を付けるなど、不器用という言葉では表しきれない特徴を持っていました。
主人公の古倉自身も、コンビニ店員としてのマニュアルには忠実に従いますが、”普通の人間”として生きるためのマニュアルがないことで、妹に都度、マニュアルのような手順を考えてもらい、私生活での人間関係を維持していました。
そもそも”普通の人間”なんて、いるのだろうか?
作中、古倉は中学の同級生やその夫たちとの食事で、「なぜコンビニアルバイトなのか」「なぜ結婚していないのか」などの質問を投げかけられ、妹に考えてもらっていた手順が通用しない場面に、自分がその場の”異物”になっているという感覚に陥ります。
以下、そのときの場面を中略しつつ引用しています。
あ、私、異物になっている。ぼんやりと私はそう思った。
(中略)
正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。
そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人間に削除されるんだ。
(引用)村田沙耶香『コンビニ人間』(文春文庫)p.84
木暮的にはこの場面の居心地の悪さが文面から伝わってきて、「早くこの場面終われー!」と読み進めました。
”正常な世界”というのが、この場面で登場する地元の同級生とその夫たちなのだと思うと、”正常な世界”って生きづらいなと、安直ですが思いました。
古倉は「雇用形態がアルバイトで、働いている場所がコンビニ」というだけです。
賃貸アパートに住んでおり、コンビニ店員として最大限に働ける健康状態で自分の生活をおろそかにすることなく、18年間無遅刻無欠勤でコンビニ店員として働いてきました。
コンビニ店員として働き始めてからは特に、誰かに迷惑をかけたりもしていないようです。
でも、”正常な世界”としての世間からは、「36歳で職歴はコンビニバイトのみ・未婚の女性」という見方をされ、同級生やその夫たちからの「なぜコンビニバイトなのか」「結婚はしていないのか」の質問にあるように、「正社員的な働き方」「結婚しないといけない」ということが、まるで正解であるかのように彼女に押し寄せます。
他人の人生に口出しするんじゃないよ
と読んでいて思いましたが、世間って結構こういうことが平気で起こるよなとも思いました。
木暮自身も結婚はしていませんし、会社勤めをして働いているわけではありません。
同い年の親しい友人にも既婚者はいませんし、友人間ではまだ結婚についてあれこれ話すことはありません。*2
働き方についても、木暮自身が会社勤めをしていないことや、親しい友人が会社員を辞めてアルバイトとして働いていることもあって主人公の古倉が経験したような居心地の悪い場面には居合わせたことがない、ある意味幸せなのかもしれない状態でした。
しかし地元に戻ってきてからは、親戚や親、親の友人などから顔を合わせるたびに結婚の話をされるようになりました。
そして在宅仕事だと言っても、家族からは「正社員の働き口を探したら?」ということも言われます。*3
多様性の時代とは言うものの、おそらく現時点では多様性が認められる場面の方が少ないのではないかと思います。
なので、”正常な世界は強引だから”という言葉には納得しました。
だからこそ作中で古倉は、”普通の人間”としてのマニュアルを身近な妹に頼り、手探りで掴もうとするし、自分が”世界の正常な「部品」”として生きることができるコンビニ店員としての生き方を18年という年月をもって継続させているのだと、しみじみと考えました。
18年間、”正常な人間”として生きることが出来なかった古倉が、その後の18年間、”世界の正常な「部品」”として同じ年月を生きることができたのは、彼女なりの”正常な世界”との関わり方を模索した結果なのかもしれないと思いました。
加えて、白羽という存在も古倉に似ているようで、少し異なる点が興味深いです。
コンビニ店員としてマニュアルを求めても、そのマニュアルに文句を付け、結局マニュアルには従いません。
しかし後半では”正常な世界”のマニュアルに乗っかろうとしますが、その結果は白羽にとって予想外な出来事で阻止されます。
マニュアルに従おうとしても必ずしも成功するわけではないと考えると、この作品に込められた意味合いが二重にも三重にも重なって、”正常な世界”を生きる上でのマニュアルの所在さえ、やはり不明瞭なのかもしれないとも思いました。
しかし所在不明のマニュアルが、さも存在するかのような世界が”正常な世界”ならば、”普通の人間”が持つマニュアルは、いとも簡単に崩れてしまいそうな不安定さもありそうだと思い始めました。
関連サイト
村田沙耶香『コンビニ人間』芥川賞受賞記念インタビュー
関連記事(2023年2月12日追記)
同作者の『地球星人』の感想記事を書きました。
『コンビニ人間』では踏み込まなかった部分にも、踏み込んでいる作品だと思います。
*1:村田沙耶香 - Wikipedia参照。最終閲覧日:2022年11月3日
*2:地元の同級生も既婚者の方が少ないという現状です。
*3:収入は安定しませんが、それでも今の方が心穏やかに過ごせているので、再就職する気は起きない。