やおら日記

日々のあれこれを なんやかんや書いているナマケモノ日記

【小説】今村夏子『あひる』感想

 

『こちらあみ子』でデビューし、『むらさきのスカートの女』では第161回芥川賞を受賞した今村夏子による『あひる』『おばあちゃんの家』『森の兄妹』からなる第二作品集。

 

今回は短編それぞれに感想を書きました。

 

 

『あひる』概要

著者:今村夏子

出版年月日:平成31年1月25日初版発行*1

出版社:株式会社KADOKAWA

 

本の内容

我が家にあひるがやってきた。知人から頼まれて飼うことになったあひるの名前は「のりたま」。娘のわたしは、2階の部屋にこもって資格試験の勉強をしている。あひるが来てから、近所の子どもたちが頻繁に遊びにくるようになった。喜んだ両親は子どもたちをのりたまと遊ばせるだけでなく、客間で宿題をさせたり、お菓子をふるまったりするようになる。しかし、のりたまが体調を崩し、動物病院へ運ばれていくと子どもたちはぱったりとこなくなってしまった。2週間後、帰ってきたのりたまは、なぜか以前よりも小さくなっていて……。なにげない日常に潜む違和感と不安をユーモラスに切り取った、河合隼雄物語賞受賞作。
解説「今村夏子は何について書いているのか」(西崎憲)収録。

(引用)「あひる」今村夏子 [角川文庫] - KADOKAWA

 

『あひる』感想

あひるの「のりたま」がやってきた途端、近所の子どもたちが「のりたま」を見にやってくるようになり、主人公の家は一気に賑やかに。

 

主人公は医療系の職に就くために資格の勉強をするかたわら、「のりたま」とその周辺の変化を眺める日々を送っていました。しかし「のりたま」は次第に体調を崩し、病院に連れて行かれることに。

 

ふたたび家に帰ってきた「のりたま」は以前の「のりたま」とは違うように見え、主人公は両親や子どもたちの様子を探りますが、誰も「のりたま」の変化を気にも留めない様子で…

 

という、日常生活にふと現れた存在によって変化する家のお話でした。

 

読み終わって感じたことは、あひるという存在が部品のように扱われていることへの違和感というか、不気味さというか…

 

なかなか言葉にしづらい感覚でした。

 

1羽目のあひる(のりたま)は、主人公の父親が職場の同僚から譲り受けたもので、前の飼い主の思いを受け継いだ存在でもあり、さらには一家に新たな空気をもたらした重要な存在でもあったように思います。

 

しかし初代のりたまが弱ったことで、一家にとって重要だった賑やかな家という場が揺らぎ、主人公の両親はその場を守るために新たな代替品を持ってくるという思い切った行動をとってしまいます。

 

しかもそれをひた隠しにするという、本当は良くないことであるとわかっていながらも目の前の現実から目を背けるような行動をとった主人公の両親と、それに気付きながらも深くは入り込まない主人公という家族間の絶妙な関係性が、今作における不穏な雰囲気を作り出していたように感じました。

 

そこに加え、主人公の家に出入りするようになった子供たちに対する、両親の無関心さも気になりました。

 

子どもたちが多く出入りすることになったことで、徐々に家が散らかされていき、それに対して注意するのではなく片付けをするという、一家の対処法が特に子どもたちへの無関心さを感じたところでした。

 

他人の子どもでもあるし、なかなか注意しづらいという思いがあったとしても、そこでも問題を問題として認識しないようにする姿勢が見えて、そうまでして賑やかな家でありたいのかと呆気に取られました。

 

しかも、子どもたちのうち2人の誕生日会を開催するというときでさえ、祝うはずの子どもの名前を思い出せない母や父の姿から、賑やかになるのならどの子でも良いのか?と疑問に思いました。

 

そんなふうに考えてみると「のりたま」も子どもたちも何かの代替品のようにも感じてしまいます。

 

主人公はそれに気づいているのかはわかりませんが、考えてみると主人公の代替品は今のところ見当たりません。だからこそ主人公は賑やかな家でずっと医療系の資格を勉強し続けているのでしょうか。

 

一方、すでに家を離れた主人公の弟は、ある段階でそういう代替品を欲する家族の姿勢に気づいていたのかもしれないと思いました。

 

だとしたら、物語の最後にもっと考える余地が生まれそうです。

 

 

賑やかな家であるために必要な代替品は「あひる」でも「子どもたち」でも、なんでも良いのでしょうし、代替品がいなくなればまた別の代替品を持ってくる、ただそれだけをこの一家は繰り返し続けるのだろうなと思いました。

 

 

『おばあちゃんの家』感想

語り手である「みのり」の祖母は同じ敷地内で別の建物に暮らしており、みのりはおばあちゃんが1人で暮らす家「インキョ」に毎日行き来をしていました。

 

インキョにお風呂がなかった頃は、おばあちゃんはみのりの家に来てお風呂に入っていましたが、インキョにガスが通って風呂ができてからは、みのりの家におばあちゃんが来ることはありませんでした。

 

みのりはその後も洗濯物のやりとりなどでインキョに行ってはそこで宿題をしたり、お昼ご飯を食べたりしていましたが、中学校に上がると部活動の兼ね合いからインキョに行くことが減ってしまい、その頃からおばあちゃんの様子に異変が見られるようになり…

 

 

 

みのりとおばあちゃんの距離が年を重ねるごとに離れていってしまう描写や、家族から少し離れたところに置かれるおばあちゃんの描写など、切なく感じるものばかりでした。

 

この短編で特にみのりとおばあちゃんの関係が描かれているのは、以前みのりが迷子になったときの場面ではないかと思っています。

 

両親と弟が不在のときにみのりがおばあちゃんに嘘をついて出かけた先で迷子になり、電話ボックスから泣きながら家に電話をかけておばあちゃんに迎えに来てもらったお話。

 

おばあちゃんは足腰が悪いはずなのに、耳が遠いはずなのに…

 

それでもみのりが伝えたわずかな情報を頼りに、みのりを迎えに来てくれたおばあちゃんの描写には胸が詰まりました。

 

中学校に上がるとおばあちゃんの家に行くことも減ったみのりは、家族のなかでも1番最後におばあちゃんの異変を目の当たりにすることになります。

 

それまでの2人の関係からは考えられないほど距離ができてしまった結果、みのりから見えるおばあちゃんが断片的でしかなく、家族の情報ばかりをもとにおばあちゃんを見るようになったみのりの変化に現実的だとは思いつつも悲しくも感じました。

 

おばあちゃんの異変はどんどん増していき、みのりの弟はその様子に対して「おばあちゃん、どんどん元気になっていくね」と言いました。

 

弟が言うようにそれまでみのりと見てきたおばあちゃんからは想像がつかない行動をするようになり、お話は終わってしまいます。

 

しかし、『森の兄妹』では『おばあちゃんの家』とは別の視点からみのりのおばあちゃんを見ていくことになりました。

 

森の兄妹』感想

モリオは小学校では少し窮屈な学校生活を送っていて、借りた漫画本も不本意な形で汚してしまい、大好きな漫画の続きを同級生から貸してもらえなくなってしまいました。

 

モリオの家は母親が働くことで生活が成り立っており、母親がいない間はモリオが妹のモリコの面倒をみており、モリオが学校から帰ってくるといつも、おやつを探すためにモリコが好きな花の蜜を探して2人で山道を歩いていました。

 

その最中にモリコは孔雀を目にし、それを追いかけるにつれ大きなびわの木がある家の敷地に迷い込んでしまい、おやつを探していた2人はびわをとって頬張っていると、家の方から声をかけられます。

 

その声の主が『おばあちゃんの家』の、みのりのおばあちゃんでした。

 

おばあちゃんの声に驚き、2人は一目散に逃げてしまいますが、その後も声の主のことが気になって何度か訪れるようになりました。

 

そして窓越しにおばあちゃんと会話を交わし飴をもらい、モリコとも再び訪れ何度か交流を重ねていきます。

 

しかし、おばあちゃんの家にはモリオたち以外にも誰かが訪れるようで、間接的にそのことを知ったモリオはおばあちゃんの家から離れていきました。

 

 

物語はモリオにとって最高の終わりを迎えますが、おばあちゃんの方のその後が気になる結末でした。

 

『おばあちゃんの家』で見ていたおばあちゃんの様子の裏側を見せられているような感覚で、最初に抱いたおばあちゃんへの印象が少しだけ変わる結果になりました。

 

モリオとモリコはおばあちゃんに起こった異変のうちのほんのひとつなのだと思うと、『おばあちゃんの家』でみのりの弟が言った「おばあちゃん、どんどん元気になっていくね」という言葉への印象も少し変わりました。

 

どれかひとつが要因ということでもなく、複数が折り重なっていたのかな、と。

 

おばあちゃんに起こった変化は、みのりたちにとってみればこれまでのおばあちゃんからは想像がつかないような異変でしかなく、モリオとモリコにとってのおばあちゃんの異変はまた別のところにあると思います。

 

おばあちゃんの変化によって集まる家族と、去ってしまう2人の対比は少し切なくも、現実ならこうなるんだろうなと思うに至りました。

 

 

少し余談ですが『森の兄妹』を読んで、おばあちゃんがモリオにあげた昆布飴が食べたくなり、初めて自分で昆布飴を買いました。

 

 

そうそう、こういう味だと思いながら感想記事を書いていました。

 

 

 

関連サイト

www.kadokawa.co.jp

 

今回の感想記事ではKADOKAWAの文庫判『あひる』を書店で購入して読みましたが、四六判は書肆侃侃房から販売されています。

www.kankanbou.com

 

関連記事

同著者による芥川賞受賞作品『むらさきのスカートの女』の感想記事です。

むらさきのスカートの女と黄色いカーディガンの女の絶妙な距離感が癖になる作品でした。

yaora-diary.com

 

*1:2016年11月に書肆侃侃房より刊行されたものの文庫化