いかなる贋作の中にも必ず本物は潜む
1989年公開の『ニュー・シネマ・パラダイス』でも知られるジュゼッペ・トルナトーレ監督によるミステリー映画。
優れた美術鑑定士ヴァージルの人生が、とある1人の依頼人によって徐々に変化していく。
『鑑定士と顔のない依頼人』概要
公開年:(伊)2013年1月1日、(日)2013年12月13日
上映時間:124分
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
あらすじ
天才オークショニアに舞いこんだ、ある屋敷の鑑定依頼
そこには隠し部屋から姿を現さない依頼人と、
本物なら世紀の発見となる美術品が待っていた──
物語の始まりは、ある鑑定依頼。引き受けたのは、天才的鑑定眼をもち、世界中の美術品を仕切る一流オークショニア、ヴァージル・オールドマン。それは、資産家の両親が亡くなり、屋敷に遺された絵画や家具を査定してほしいという若い女性からの、ごくありふれた依頼のはずだった。
ところが──依頼人は嘘の口実を重ねて決して姿を現さない。ヴァージルは不審を抱きながらも、断ることが出来ない。なぜならその屋敷の床に、もしそれが本物なら歴史的発見となる、ある美術品の“一部”が転がっていたのだ。ヴァージルは密かに持ち帰った“一部”を調べると共に、依頼人の身辺を探るのだが、屋敷を訪れるたびに新たな謎と立ち向かうことになる。果たして奇妙な鑑定依頼の本当の目的とは──?
感想
優れた美術鑑定士としてその地位を確立していたヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)が、とある依頼によってそれまでの生き方から徐々に動き出していく。
ヴァージルは常に手袋をして、他人が使用した電話を使うときはハンカチで覆って使用するほどの潔癖症で、生涯で女性と深く関わったことはなく、彼が唯一愛している女性は、彼がコレクションする絵画の中の女性たちだけでした。
そしてレストランにはいつも1人で行き、そのお店からの誕生祝いのケーキも素直に喜べず、結局手をつけずに退店するなど、他人からの優しさにも距離を置いて生活をしており、彼の人生に他者が介入する隙はほとんどありませんでした。
唯一あったとすれば仕事上の付き合いの人間のみで、それでも何十年と共に働いてきた人間の配偶者の有無などについては知らないなど、やはりどうしても鑑定一筋の生活だったことがうかがえます。
そんな彼に舞い込んだ鑑定依頼が、彼の生活に徐々に変化をもたらします。
亡き両親が収集していた美術品の鑑定と競売をお願いしたいという1本の電話によって、ヴァージルはその依頼人と契約するために、実際に依頼人のもとに足を運びますが、依頼人とは会えずじまいで、鑑定士としての地位とその仕事への誇りから、依頼人の態度に対して憤慨し、何度も依頼を断ろうとします。
しかし、その度に電話越しで依頼人に泣きつかれ、しぶしぶ依頼を引き受けることに。
また、その過程で依頼人が”広場恐怖症”で他人と会うことへの恐怖心があることや、そのせいで長年自室に引き篭もる生活をしていることも判明します。
依頼を引き受けた理由には、もうひとつ依頼人の家で発見した歯車も関係していました。
依頼人の自宅の地下室を見学したときに発見した歯車を秘密裏に回収し、なんでも修理できる機械職人のロバート(ジム・スタージェス)のもとに持ち込み、その歯車の正体を探り、結果的にその歯車がオートマタの部品であると判明します。
オートマタの復元を試みるには、他の部品も必要になるため依頼人の自宅で発見してはロバートの工房に持ち込むなどをして、オートマタ復元に向けても動き出します。
精神的に不安定な依頼人に振り回されながらも鑑定士としての仕事を遂行する一方で、ヴァージルは依頼人に対しても興味を持ち始めます。
鑑定依頼の契約を交わすときでさえも一切、顔を見てのやりとりをしなかった2人でしたが、何度か感情的な衝突をするうちに打ち解けていきます。
それまで他人が入り込む隙がなかったヴァージルの生活に、依頼人という存在が加わっていき、彼の鑑定士としての仕事にも徐々に影響が出てきます。
それまでは仕事上の付き合いだけだったロバートにも依頼人のことを相談したり、依頼人の”広場恐怖症”という症状についての本を購入したりと、顔の見えない依頼人からの依頼で自分から徐々に他者との関わりを築いていくヴァージル。
彼とともに依頼人も徐々に自分のもつ恐怖症と向き合い始めます。
この両者の変化と前述のオートマタの復元過程がメタ的で、作品の厚みを感じられました。
今作はミステリー要素も強い作品であり、ヴァージルと依頼人の関係の変化と同時に、別の物語が水面化で進んでいます。
その怒涛の展開は目が離せませんし、後半の展開から前半の展開を振り返ると合点がいく部分もたくさんあり、しばらく余韻に浸れる作品だと思います。
その後、ヴァージルはどんな生活を送っているんだろうか…
1989年公開の『ニュー・シネマ・パラダイス』の監督ジュゼッペ・トルナトーレ監督によるミステリー映画ということで、今回鑑賞するにいたりました。
トルナトーレ監督の今作についてのインタビューの中で、撮影方法についての話がありました。
今作からデジタル撮影に完全移行したエピソードや、今作の物語の構想として2つの物語を合わせたということなど、興味深い話ばかりでした。
デジタル撮影に移行するに至ったエピソードとして、フィルム現像技師の人材の確保の難しさや、映写技師の腕前の低下(映写の際のピント調節の甘さ)などへの言及は、どうしても『ニュー・シネマ・パラダイス』が頭をよぎりました。
また、2020年に亡くなったエンニオ・モリコーネの音楽が今作でも健在なので、そちらも注目して鑑賞したい作品です。
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