絶版になれる本と、なれない本
10月の購入本リストの記事でも触れました、柏書房編集部・編『絶版本』の感想記事です。
概要部分は10月の購入本記事と重複しています。
『絶版本』概要
出版年月日:2022年10月10日 第1刷発行
出版社:柏書房株式会社
内容
「あなたが、いまこそ語りたい『絶版本』はなんですか?」語りたくても語る場がなかった一冊について24名が思う存分に語ってみた。
企画趣旨
「あなたが、いまこそ語りたい『絶版本』はなんですか?」をテーマに、二千から三千文字(目安)のエッセイを書き下ろしていただく企画です。 一人一冊に絞って、その本に対する思い入れや思い出、自分自身や自分の研究に与えた影響をまじえながら紹介していただきます。「世の中にはまだこんな本があるのか(あったのか)」 「あの人はこんな本に影響を受けたのか」という驚きや再発見を読者に提供できればと考えております。また、これを機に、事実上「絶版」となっていた本に注目が集まり復刊されること、また古書市場や図書館の利用が促されることも願っております。
絶版本と流通について
まず、「絶版本」について本書では、能勢仁『出版業界版悪魔の辞典』と田中達治『どすこい出版流通』などの出版業界に関する用語本をもとに定義されています。
孫引きになるので、それらの参考部分は引用しませんが、本書で「絶版」と「品切れ」について以下のようにまとめられている箇所を引用します。
要するに、「品切れ」には短期的に在庫が切れることと、長期的に在庫が切れることの両面があるのだが、「絶版」には前者のような意味合いはない。それは版元による「出版権」の放棄であるため、基本的には「復刊」の可能性も手放すことになる。
(引用)柏書房編集部・編『絶版本』p.7
「絶版」とする場合、版元が出版権を放棄したことになるため、なかなか出版社が「絶版」とはせずに「品切重版未定」の状態にとどめる場合もあり、その場合その本は「絶版」になれないということになります。
本書でも述べられていますが、両者ともに出版社側の事情にかかわらず、読者の手に入りにくい状態であるのは変わりありません。
本書では24名の選者それぞれが選ぶ絶版本1冊とともに、それらの出版事情についても触れられています。
その中でも絶版本について、公共政策の社会学を専門としている東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授西田亮介氏が語った以下の言葉が、悲しいですが現実的なことなのだろうと思いました。
書籍も商品なので、結局は何から何まで需要と共有、機会とコストの論理で絶版の可否が決まってくる。
(引用)柏書房編集部・編『絶版本』p.85、(初出)2021年9月1日
需要がないならば、版を重ねて在庫を潤沢にしておく必要はなく、その本を求める読者を待っているほど、寛容な世界ではないと思います。
個人的には絶版という状態で、世に出回っている数が限られることで、絶版状態にある本を知る術が限られ、ますます需要の減少に拍車がかかるのではないかと思います。
なので、今回の『絶版本』のような「絶版になった本の紹介をする媒体」等が増えれば、これまで知り得なかった本について知ることのできる人が増え、ゆくゆくは復刊に繋がるのではないかと思いました。
すでに「復刊ドットコム」のようなWEBサイトのように、一般に復刊希望の声を集めるサイトもあり、そちらではカテゴリごとに復刊の声が上がっている本を知ることができます。
ひとつ前の記事で、ドキュメンタリー映画『ブックセラーズ』について感想を書きました。
『ブックセラーズ』では「希少本(rare books)」といって、平たく言うと「手に入りにくい本」の流通に関わるブックセラーズが登場し、ニューヨークブックフェアという場所で、さまざまな本やブックセラーズが集まることで、本との出会いの場が保たれている様子を見ることができました。
今回読んだ『絶版本』でも多くの選者が古書店で入手していることからも、古書店などの流通経路が絶版本などの古書を入手する際に、重要な役割を担っていることがわかり、とても心強い存在だと思いました。
読んでみたい絶版本
本書に登場した本の中で今、特に読みたい本について1冊だけに絞りました。
ティム・バートン『オイスター・ボーイの憂鬱な死』アップリンク、1999年
この本は翻訳家の岸本佐知子氏による紹介でした。
自身が好きなヴィランを、『バットマン・リターンズ』の〈ペンギン〉だと語る岸本氏は、頭が牡蠣の男の子「オイスター・ボーイ」や頭からチューブなどの部品が飛び出て、皮膚はブリキでできている「ロボット・ボーイ」などが登場するこの本で、ティム・バートンがどのように「異形のものたち」に寄り添っているのかをみていました。
この本について印象的だった岸本氏の言葉を、中略しながら引用させていただきます。
そしてこの本には「なぜ」もなければ「救い」もない。異形の子供たちがなぜそんなふうなのかの説明はいっさいないし、最後には普通の人間に生まれ変わって幸せになりました、なんていうハッピーエンドも一つもない。(中略)
けれども、そこにこそティム・バートンの隅っこの者たちへの愛がある。彼らはみんな、ただ「そういうふうに生まれてしまった」だけなのだ、〈ペンギン〉のように。もしもこれらの物語に容易なオチやハッピーエンドがついていたらどうだろう。この世のオチもエンドもない日常を生きる本物の隅っこ者たちは、物語に救われるどころか、逆にますます絶望するだろう。
(引用)柏書房編集部・編『絶版本』p.173、(書き下ろし)2022年6月28日
今回『絶版本』を読むまで、映画監督として知っていたティム・バートンが本を出していたことを知らず、この引用文とともに内容も伴ってぜひ読んでみたいと思いました。
内容については『絶版本』の中でも取り上げられていますが、公式サイトを発見したのでそちらのリンクを載せておきます。
この本以外にも、「私家版」などのような一般の市場に流通することを目的としていない本についても触れられており、絶版本といっても千差万別なのだと改めて思いました。
市場に出回ることを目的に出版された本の絶版状態にばかり気を取られていましたが、実際には想像以上の量の本が忘れ去られつつあるのだと思うと、勿体無いという気持ちがますます強くなりました。
24人の選者それぞれの本との向き合い方から、絶版本に対する気持ちの入り方が少しづつ異なる様子も読み応えがあり、共感する部分も多かったので第二弾を早くも求めています。
最後に、「絶版本」に対する特に印象に残った柏書房編集部 天野潤平氏による力強い言葉を引用します。
では、果たして本の価値は、「絶版」になったと同時に失われるのだろうか。「品切重版未定」となった本は商業的には失敗したのかもしれない。ひとつの役目を終えたのかもしれない。かといって、この世に生まれないほうがよかったかといえば、そんなことはないだろうし、ないと思いたい。
(引用)柏書房編集部・編『絶版本』pp.10-11
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