ニューヨークブックフェアの裏側を見せてくれるドキュメンタリー映画
アメリカにおける古本の立ち位置、そしてそれに関わる人たちの思いが見てとれるドキュメンタリー映画。
登場する本棚すべてが美しく、その本棚をつくっている人たち(ブックセラーたち)の本に対する思いに迫る一作。
『ブックセラーズ』概要
公開年*1:(アメリカ)2019年10月*2、2020年3月6日*3(日本)2021年4月23日
上映時間:99分
監督:D・W・ヤング
内容について
社会の多様化やデジタル化で、本をめぐる世界は大きく変わってしまった。書店は、本は、未来に生き残るのだろうか…いや、本の魅力は絶対になくならない。本を愛する人たちのそんな思いに応えてくれるのが、本作『ブックセラーズ』だ。世界最大規模のNYブックフェアの裏側から、業界で名を知られたブックディーラー、書店主、コレクターから伝説の人物まで、登場する人々の本への愛情、ユニークなキャラクターには誰もが心惹かれずにはいられない。インタビューに登場するNY派の錚々たる作家たちや、ビル・ゲイツによって史上最高額で競り落とされたダ・ヴィンチのレスター手稿やボルヘスの手稿、「不思議の国のアリス」のオリジナル原稿など希少本が多数紹介されるのもたまらない魅力だ。本を愛するすべての人に届けたい一級品のドキュメンタリーである。
(引用)映画『ブックセラーズ』公式サイト
『ブックセラーズ』予告編
感想
ニューヨークのアッパーイーストにある南北戦争時代に建てられた建物で行われている”ニューヨークブックフェア”。
本作はその裏側に密着したドキュメンタリー映画で、日本にいると馴染みが少ない装幀の本がたくさん登場するなど、とても見応えがありました。
ブックフェアに集まる「ブックセラー」たちには、それぞれ専門とする分野があり、秘教に関する本やヘミングウェイ、手稿、希少本などさまざまな分野の古書について知ることとなりました。
希少本とブックフェア
「希少本」については、公式サイトでの解説がとても分かりやすいと思いましたので、引用させていただきます。
本作で登場人物が語る「rare books」という英語には「希少本」という日本語字幕をあてている。日本の古書界では「稀覯本(きこうぼん)」という言葉を使うことが多いが、以下の理由による。
・「稀覯」という言葉に一般的な観客は馴染みがなく、また漢字としても馴染みがなく、字幕を出すたびにルビが必要なこと
・「稀覯」と「希少」がほぼ同義語であること
・「稀覯本」は、和書では嘉永3年頃 (1850)、洋書では1500年以前に印刷されたものを稀覯本とみなすことが多いとされ、本作のrare books は、それにあたらない本を指す場合が多いこと。(引用)映画『ブックセラーズ』公式サイト
ブックフェアでは希少本ディーラーたちによって、初心者に対して希少本の素晴らしさがレクチャーされ、そこでは本の売買以上のやりとりが広がっているのだと思いました。
歴史記録としてのブックカバー
また、ブックディーラーたち独特の視点から、ブックカバーの役割について知ることになりました。
本の表紙カバー(本作内ではブックカバーと呼ばれている)は、店頭に並べている時に本を守る役割を担い、購入後は捨てられるものだったそうです。
しかし最近では希少本の中でも表紙カバー(ブックカバー)がついている本は、高値で取引されるそうで、F・スコット・フィッツジェラルドの『The Great Gatsby』の初版本でもカバーがない初版本は5000ドルなのに対し、破れたブックカバーがついた初版本は15000ドルの値がつけられるそうです。また、ブックカバーの状態が綺麗な初版本ならば、150000ドルという値がつき、本の取引上ブックカバーの存在はとても重要であると分かります。
以下、ニューヨーク公共図書館ショーンバーグ黒人文化研究センターの所長、作家、ニューヨーカーの詩の編集者でもあるケヴィン・ヤング氏によるブックカバーについての見解です。(字幕部分を引用しています。)
コレクターがカバーの重要性を教えてくれた
損得でなく情報として
ブックカバーのいいところは
初版と10版では著者の履歴が違うこと
そんな情報はカバーにしか載ってないことのほうが多い
著者が初版から10版に至るまでにどのような活動を経たのかを知るには、本のブックカバーの存在は記録媒体としても、とても重要な役割を担っているのだと思いました。
普段何気なく見ている本の表紙カバーの著者経歴も、少しずつ変化しているのだと考えると、歴史が刻まれているようで面白いです。
本業界の終わりの始まり
書店数の減少や人々の本離れに対して語る際に、インターネットを契機として語るのは、日本でもアメリカでも変わりないのだと思いました。
Kindleなどのサービスがあれば読みたいときにすぐ購入し読むことができるけれども、それまで本と人(消費者)の間を取り持ってきたブックセラーたちの活動は、その分狭まることになります。
しかし、過去の本について知りたい場合、古書の存在、とりわけブックセラーの存在はとても重要なものになると思います。
手稿などを専門に収集しているブックセラーは、すべて電子化された場合、小説などの作品が完成するまでに、その著者はどのような道を通ったのかが、見えなくなるのではないかと不安視していました。
たしかに、現代の書籍ではほとんどPCを使用して執筆されている分、作者の考えの流れを手稿のように辿ることは困難だろうと思います。
そのため、そういった著者の思考に焦点を当てる存在としてのブックセラーは、これからも重要な存在として残り続けるのではないかと思いました。
加えて特に印象的だったのが、前述のケヴィン・ヤング氏による
7年前のパソコンのファイルは開かないが
500年前の本は開けるし読むことができる
という言葉でした。
たしかに、電子サービスには今後もさまざまな形で移行され続け、利用できるものが多いとは思いますが、移行されずに消えてしまうデータもあると思います。その場合はそれまで読むことができていたものが読めなくなったり、本への入り口が限られることになると思います。そのため、紙という媒体での本は、より一層重要な役割を担いそうだと思いました。
人々の本離れとは言いますが、ブックセラーなどの存在が残り続けることで、さまざまな分野への入り口が開かれていることからも、彼らの存在はとても意義があり、今後もニューヨークブックフェア同様に存続してほしい存在だと思います。
ブックディーラーが登場する映画作品について
また、本作では「ブックディーラー」が登場する映画作品にも言及されていました。
- 『素晴らしき放浪者(Boudu Saved from Drawing)』(1932年)
- 『三つ数えろ(The Big Sleep)』(1946年)
- 『ネバーエンディング・ストーリー(The NeverEnding Story)』(1984年)
- 『チャーリング・クロス街84番地(84 Charing Cross Road)』(1987年)
- 『ナインスゲート(The Ninth Gate)』(1999年)
- 『運命の女(Unfaithful)』(2002年)
『ネバーエンディング・ストーリー』は観たことがあったのに、ブックディーラーの存在は見落としていました。またの機会にもう一度観てみようと思います。
日本でのブックディーラー
木暮は何年か前に出張で関西に行ったとき、京都市の「下鴨納涼古本まつり」に行ったことがあります。
滞在時間は30分くらいしかとれなかったのですが、日本でのブックディーラーとして、その古本まつりに出店していた書店がとても印象に残っています。
この古本まつりでも書店ごとに分野が分かれていて、1日、2日は見て回りたかったくらいです。絵本に特化したブースでは、戦後すぐの絵本も見ることができ、その本がどんな流れを辿って古本まつりに出されたのかと感慨深く、とても30分では味わい尽くせませんでした。
コロナ前のことだったので、あの時行けてよかったなと思っています。
日本でのブックディーラーのドキュメンタリー映画は、アメリカのものとはまた違ったものになりそうなので、いつかそんな映画ができたら良いなと思いました。
ちなみに、その古本まつりで1冊だけ購入したのがこちらの本です。
本を開くと、今ではあまり見かけない活版印刷の風合いがあり、ところどころ文字が欠けて印刷されていたりするので、読む以外での面白味を感じます。
出版年月日は…
30分という短い滞在で特に気になった本だったので、状態は良くないですが購入しました。
なぜ気になったのかは、今も昔もよくわかっていませんが、結構気に入っている1冊です。
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