あなたは有罪ですか?無罪ですか?
「無罪です」と裁判シーンから始まる『ゴヤの名画と優しい泥棒』。
映画監督ロジャー・ミッシェル(Roger Michell,1956-2021)は、本作が最後の長編映画作品になったそうです。
ネタバレには十分、注意しながら書きましたが、セリフ引用もしているのでネタバレが気になる方はご注意ください。
『ゴヤの名画と優しい泥棒』概要
公開年:(イギリス、日本)2022年2月25日
上映時間:95分
監督:ロジャー・ミッシェル
主な登場人物(括弧内はキャスト)
ケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント):主人公。
ドロシー・バントン(ヘレン・ミレン):ケンプトンの妻。
ジャッキー・バントン(フィン・ホワイトヘッド):ケンプトンとドロシーの次男。
ケニー・バントン(ジャック・バンデイラ):ケンプトンとドロシーの長男。
グロウリング夫人(アンナ・マックスウェル・マーティン):ドロシーが掃除婦をしている先の家の家人。
ジェレミー・ハッチンソン(マシュー・グッド):弁護士。
あらすじ
世界中から年間600万人以上が来訪・2300点以上の貴重なコレクションを揃えるロンドン・ナショナル・ギャラリー。1961年、“世界屈指の美の殿堂”から、ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。この前代未聞の大事件の犯人は、60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン。孤独な高齢者が、TVに社会との繋がりを求めていた時代。彼らの生活を少しでも楽にしようと、盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。しかし、事件にはもう一つの隠された真相が・・・。当時、イギリス中の人々を感動の渦に巻き込んだケンプトン・バントンの“優しい嘘”とは−!?
『ゴヤの名画と優しい泥棒』本予告映像
ゴヤについて
どうしよう。ゴヤの名画がわからなかった。
ということで、木暮の積読の師匠の祖父から借りた本を参考にしながら、ゴヤについて軽く触れようと思います。
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(1746−1828)*1
スペイン美術を代表する画家。1799年には首席宮廷画家の地位につき、強力なパトロンにも恵まれていた。ナポレオンのスペイン支配の時代に、戦争の壊滅的な力を暗示した《巨人》、フランス軍に素手で立ち向かった民衆の処刑を描いた《1808年5月3日》で知られる。
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ネット検索で「ゴヤ 巨人」や「ゴヤ 1808年5月3日」と検索すると、作品画像が出てくるので、ぜひ見てみてください。特に《1808年5月3日》は世界史か何かの教科書でみたことがあるはずです。高校の世界史の記憶が残っている場合に限りますが…
ちなみに、今回の映画で登場する《ウェリントン公爵》にまつわる話が、美術手帖公式サイトの記事にありましたので、以下、引用します。
《ウェリントン公爵》は初代ウェリントン公爵となったイギリスの将軍、アーサー・ウェルズリーがナポレオンのフランス軍を打ち破り、1812年8月に勝利してマドリードに入った後に描かれたもの。ナショナル・ギャラリーによると、ウェリントンは背が低かったため、ゴヤは背を高く見せようとするかのように、頭を高く上げて直立したポーズで描いているという。
木暮もこれまで美術展に行ったことがあり、西洋美術の肖像画を何度か見たことがありますが、地位が高い人の肖像画は、だいたいが無表情ですよね。
《ウェリントン公爵》ももちろん無表情で、事前情報なしに見ても服装の感じや佇まいから「なんか偉い人なんだろうな〜」と思いました。
個人的には、映画内で主人公のケンプトンの周りが笑っているのに対して、《ウェリントン公爵》が無表情なので、それが少し面白かったです。
感想
今回の映画は、1961年にイギリスのロンドン・ナショナル・ギャラリーからケンプトン・ダンプトンという60歳の男性によって、ゴヤの《ウェリントン公爵》という名画が盗まれたという実話をもとにした映画です。
主人公のケンプトンは年金暮らしをしている60歳。タクシー運転手もしていますが、仕事は安定せず、普段は戯曲を書きテレビ局に送っている状態。
妻のドロシーは掃除婦として働き、次男のジャッキーは船の修理と販売で家計を支えています。
生活は決して裕福ではなく、ケンプトン自身もテレビという媒体を通して社会とのつながりを求めていました。
そんな中、テレビでナショナル・ギャラリーが《ウェリントン公爵》を14万ポンドで購入したというニュースが放送され、ケンプトンは以下のように語りました。
(ケンプトンの話を聞いていた家族による相槌等は、中略しました。)
あの絵の代金を払ったのは我々納税者だ。
(中略)
上流の連中はやりたい放題だよ。
我々が苦労して稼いだ金で出来の悪い絵を買う。
(中略)
”すべての成人の選挙権”に首相時代、反対した。
絵の代金で多くの戦争寡婦や年金受給者に受信許可証を出せた。
ケンプトンはタクシー運転手を退職した後、パン工場で働き始めます。工場内での人間関係は比較的良好で、社会との接点が少なかったケンプトンにとって、良い流れに乗っているのではないかと思いましたが、あることがきっかけで退職することになります。
再び、無職の生活に。
そして、国営放送のBBCを無料で見れるようにと、街頭で署名運動をするなど、外向きに活動をしていきました。
そして、最終的にはロンドンの議会に行って抗議しようというところまで活動の幅を広げ、そのときに行ったナショナル・ギャラリーから《ウェリントン公爵》を誘拐してしまいました。
ケンプトンはさまざまな場面で疑問を呈することがあり、そのどれもが理にかなっているように思うことばかりでしたが、それらの言葉によって、社会との距離は縮まるばかりか、離れているような描写は世知辛いと感じました。
パン工場を辞めざるを得なくなったのも、今の私たちがみるとケンプトンの方は間違っていないようにも思いましたし…
そんなふうに社会とのつながりを築くのに苦労していたケンプトンは、自分のように貧困によって社会から切り離された人間の孤独を救う策として、受信許可料の無料化へと動き出したのは、彼なりの社会との接点の持ち方だったのかなと思いました。
もちろん名画を盗んだことは犯罪ですが、彼の言い分には共感できる部分もあり、映画冒頭から後半にかけてそんな彼を取り巻く人々の考えにも徐々に変化が訪れ、後半の裁判のシーンにかけて爽快でした。
個人的な話になりますが今作のジャズ寄りな劇伴音楽が好みで、ここ数日はApple Musicでサントラを聴いています。
ケンプトンを演じたジム・ブロードベントは『ハリー・ポッターと謎のプリンス』、『ハリー・ポッターと死の秘宝Part2』でのホラグ・スラグホーン役や、『ブリジット・ジョーンズの日記』のブリジットの父親役、『ムーラン・ルージュ』のハロルド・ジドラー役など、多数の作品で見たことがあったので、今作を見て久しぶりに別作品も観たくなりました。
絵画を利用する主張が最近、多い気がする話
最後に余談なのですが、昨今、絵画を利用した主張がよく報道されているように思います。
主に環境保護団体によって気候変動対策の必要性を訴えるために、スープをかけられる名画たちですが、今回の映画で観た「ゴヤの名画を盗んだことで、自分の考えを訴えた」ケンプトンと何が違うだろうと考えました。
しかし、結論は出そうにないです。
最近の展示では絵画に万が一のことが起こらないように、ガラスなどで保護されており、スープをかけられても被害は最小限に抑えられますが、日本の絵画展などをみた限りでは作品の特性上、ガラスが付けられないものもあるので、今後、同じようなことが世界各国で起こらないと良いなと思います。
ケンプトンの場合は自分の主張を発表する機会が限られており、せいぜい街角で看板を持って「テレビの受信許可料を無料に」という主張を通行人に訴えることや、街角でそれについての署名運動を呼びかけるくらいしか方法がなかったのと、結果的に絵画に破損や汚損などの危害がなかったのは大きいと思っています。
しかし、ケンプトンが事件を起こした1961年から60年以上も経ち、インターネット等の出現により絵画を危険に晒す以外にも、自分たちの考えを発表する場は増えたと思います。
最近の絵画を利用した主張はマスメディアにも取り上げられたことで、その分影響力は高まるとは思いますが、たとえ主張している内容が共感を得られそうな内容でも、手段が過激だとその主張を聞く人をふるいにかけることになると思うので、危害を及ぼさない、また別の方向で活動してほしいと思います。
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