やおら日記

日々のあれこれを なんやかんや書いているナマケモノ日記

好きだった批評家の変化

私が、大学進学の時に影響を受けた批評家の最近

今回の記事は、私が最近ふと思ったことを述べるだけの文章です。

そのため、オチや結論などはありませんのでご注意ください。

 

はじめに

私はいわゆる一般大学出身ではなく、専門的な大学出身です。

詳しいジャンルは述べませんが、大学の進路希望に高校の時は、とても悩んでおり、小学校の頃から本が好きだったため、よく高校の図書館から様々な分野に関する入門書などを読み漁っていました。

私はバリバリの文系なのですが、理系の入門書も読んでみたり、本当に逡巡していました。

そんな中、ある分野の入門書を手に取り、その内容の面白さに、その本を何度も何度も読み、その本の著者(以下批評家A)の他の蔵書も読みふけるなど、どハマりしました。結果、進学する大学の学部は、その本で関心を持った分野のところに決定しました。

大学卒業後も、批評家Aの本を読み続けていましたが、就職後の多忙な時期を境に、その批評家の本から遠ざかるようになりました。

 

大学在学中に、その批評家以外の同分野の著者の本も読むようになったということも関連して、私は批評家Aの本から離れ、時々覗くTwitterで見かけるくらいの状態でした。

 

この批評家Aがいなければ、私はもっと違う生活を送っていたのだと思うと、感慨深いものがあります。

 

Twitterで見かけた批評家Aの現在

その批評家Aは、現在でもその分野で活動をしていますが、最近とある公共施設の建築に関しての批評の中で、多くの人と軋轢が生じているそうで、Twitter上で自分の意見を批判(否定ではないです)している人のツイートを引用リツイートし、皮肉な言い方で、晒していたり、自分は間違っていないというような主旨にもとれる内容のツイートを立て続けにしていました。

 

批評家Aとの出会いが本だったということもあり、その様子が文章に関係している人なのに…と思い、目をそらしたくなりましたし、自分の意見への批判には、理路整然とした対処をして欲しかったと思いました。

 

おわりに

こういう時の感情が言葉にできず、とてももどかしいです。

勝手に私が持っていたイメージが崩れて、残念に思ったということも関係しますが、なんだか、昔はもっと理路整然としていたのに…

という、私が勝手に批評家Aに対して期待というか良いイメージを持っていただけのことなんですけど、自分自身、勝手に期待とかされるのを嫌うのに、同じことを批評家Aにしていたんだなと思うと、そういう自分に対しても悶々としてしまい、ループにはまっています。

 

という現在の木暮の悶々とした状況を書きました。

ちなみに、ここでその批評家Aの名前を出さなかった理由は、私自身がこの記事を晒されるんじゃないかと思ってしまったためです。

 

以上、チキンな木暮の最近の悶々日記でした。