やおら日記

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【洋画】『トイストーリー4』感想

 

 

 

トイ・ストーリー4』概要


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公開年:アメリカ)2019年6月21日、(日本)2019年7月12日

上映時間:100分

監督:ジョシュ・クーリー

 

あらすじ

“おもちゃにとって大切なのは子供のそばにいること”──新たな持ち主ボニーを見守るウッディ、バズらの前に現れたのは、ボニーのお気に入りで手作りおもちゃのフォーキー。彼は自分をゴミだと思い込み逃げ出してしまう…。フォーキーを救おうとするウッディを待ち受けていたのは、一度も愛されたことのないおもちゃや、かつての仲間ボーとの運命的な出会い、そしてスリルあふれる冒険だった。ウッディが目にする新たな世界とは?ウッディやバズら仲間たちの新たな旅立ちと冒険を描く「トイ・ストーリー」史上最大の感動アドベンチャー

(引用)トイ・ストーリー4|映画/ブルーレイ・DVD・デジタル配信|ディズニー公式

 

 

感想

木暮はトイ・ストーリーの第1作目から何気に全ストーリーを観てきました。

 

観終わった直後は「ウッディとはこれでお別れになるのか」と思いました。

 

このブログの初回記事は、本には関係ないものになりますが、トイ・ストーリーに関しての記事です。

 

トイ・ストーリー4』は、前作から9年後に公開されました。

前作ではウッディたちおもちゃの持ち主だった「アンディ」との別れと、新しい持ち主の「ボニー」という女の子のもとへ行くという話でした。

まだ観ていない人にはぜひ見て欲しいと全ストーリーを通してそう思う、そんな映画です。

 

では、前作を受けて今作のストーリーにうつります。

今作ではボニーは新しい幼稚園に通うようになりましたが、内気なボニーは幼稚園に馴染めませんでした。しかし、幼稚園に一緒に付いてきたウッディの、陰ながらの助けもあり、工作の時間に「フォーキー」という先割れスプーンを使ったおもちゃを作り、そこからボニーは元気を取り戻しました。

ボニーはフォーキーを気に入り、ウッディを含め 他のおもちゃ以上に遊ぶようになります。

ウッディはボニーのところにうつり約2年が経過し、ボニーの中でのおもちゃの優先順位としては下の方になっていました。キャシーやバズなどが遊ばれる中、ウッディはクローゼットの中にいてその様子を眺める、そんな日々でした。

その上、フォーキーというおもちゃが作られ、さらにウッディのこれまでの主役の役割からは遠ざかっていきます。

アンディのもとにいたころは、ウッディを筆頭として遊ばれ、アンディがいないところでも、ウッディはおもちゃみんなのまとめ役。みんなの中心にいたはずなのに、いつの間にかクローゼットの中にいて「みんなの中心」とは程遠い場所にいました。

しかしフォーキー自身はおもちゃの自覚はなく、「自分はゴミ」だと思い込み、隙あらばゴミ箱に入ろうとする始末。

一方ボニーは、フォーキーが見当たらないと悲しむ。

そんな様子をみたウッディは、ボニーを喜ばせるためにもフォーキーをボニーのもとから離れさせないように、陰ながら必死にサポートします。

 

そして舞台はボニーの部屋から、ボニーたち家族の旅行へとうつります。

 

これまでのトイストーリーシリーズは「居場所」の話に通ずる部分があるのではないかと思っています。

ただ、今作はこれまで以上に「人間」としての居場所の視点であり、「おもちゃ」 という枠組みに収めることができないと考えました。

 

トイ・ストーリー(1)では、ウッディはバズという新しいおもちゃによって、自分の居場所(アンディの1番・みんなの中心)を失うことを恐れていました。結果的には、ウッディの居場所は揺らぐことはなかったと思います。

トイ・ストーリー2では自分の「おもちゃ」としての価値(オークションの高価格帯にいれること)を知り、自分は博物館で一生大切にされる可能性があるということを知ってもなお、アンディの1番には変えられないという意思を再確認した物語だったと思います。

トイ・ストーリー3では、アンディが大学進学を機にウッディ以外のおもちゃを実家の屋根裏に置くことを決めます。この時のウッディはまだアンディの1番で、一緒に大学に連れて行こうとされますが、ウッディはアンディの1番よりも仲間であるおもちゃたちと一緒にいる決意をします。

 

そして今回。

 

今作では、ウッディ自身が自分の居場所を作ろうと決意するお話だと感じました。

 

ウッディはこれまで、他者からみた自分の居場所を踏まえた決断をしていたように思います。

アンディやおもちゃの仲間たち、そしてボニーなどにとって自分の存在がどのようなものなのかによって、自分の居場所を位置付けてきたウッディ。

しかし今回ウッディは、かつてのおもちゃ仲間「ボー・ピープ」との再会でこれまでの他者の視線への依存的なまでの考えを改めることになりました。

ボーは、トイ・ストーリー2と3の間で、モリーのもとから旅立っていました。

その後ボーは、アンティークショップにて数年を過ごしその後、羊たちとともに自分自身の手で生きていくことになりました。

 

ウッディは久しぶりに会うボーの姿が、たくましく変わっていたことに動揺をします。

そして外見だけでなくボーは精神面でもタフに成長し、ウッディがボニーのもとで自分の立ち位置を保つことに苦労していることや、徐々にウッディの立ち位置が追いやられていることなど、ウッディがくすぶっている状態を危惧しました。

その心配は現実に、ボーの羊たちやアンティークショップにいたボーの仲間たちの身にも危険を及ぼすことにつながりました。

以前のウッディなら仲間のために動くために何か具体的な策を練ることで危機を回避していましたが、今回はピンチの場面でウッディは仲間の安全以上に、自分の立ち位置を気にした行動をします。

 

「自分にはこれだけなんだ」

 

というウッディのセリフは、そんな行き詰まった状態の中で胸が詰まるセリフでした。

 

ウッディはどんな犠牲を払っても危機を乗り越えることで、ボニーの中でなくてはならない存在になろうという思いを強くしていきます。

その依存的な状態はボーの自立した状態とは対をなすものでした。

 

 

トイ・ストーリー4』ではウッディという絶対的な主役が「物語の」主役ではなくなる姿が特に印象的でした。

「物語」そのものではなく、ウッディは自分の「人生の」主役への道を選んだのだと感じました。

 

人間もそうですよね。

 

友人であったり、もっと身近なところでは家族(親、兄弟)など、周囲の人から「期待」という形で受ける自分へ向けられる周囲の視線や希望。これらは自分の人生の主役になるには、時には邪魔になります。

 

私自身も身近な他者に対しては、本人の希望以外に、自分が勝手に作ったイメージを通してしか、その人を見ることができていないのかもしれません。

 

いつも優しいあの子が、他人の愚痴を言うなんて…

いつも勉強頑張っているあの子が、退学するなんて…

 

これまでこういったことを考えたことは、確かにありました。

 

そう思われる本人にとっては余計なお世話でしかないし、勝手な期待でしかないです。本来ならばどう思われようが気にしないのですが、そういった他者からの評価自体に依存している場合は他者からの些細なイメージですら呪縛になってしまいます。

 

これまでのウッディのように。

 

ウッディはアンディや仲間みんなのヒーロー、まとめ役、主役という立ち位置であり、自分自身もその立ち位置にいることに誇りを持っていました。

しかしその立ち位置が危うくなることで自分自身で考える居場所が不明瞭になってしまい、迷いが増えました。

ボーはウッディよりも一足先に自立し、これらの他者の視線以上に自分が考える道を優先して自分の人生を歩んでいました。

今回は主にその二者の対比とともにウッディ自身の自立を通して、私自身、自立という観点を改めて考えることができました。

 

トイ・ストーリー4』はそのきっかけを思い起こさせてくれた、素晴らしい作品だと考えています。

 

関連サイト

www.disney.co.jp